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コロナウイルスがわからない。未知より無知の方が怖い。

COVID-19
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コロナウイルス感染症、国もWHOも騒いでいる。
わかっているのは、コロナウイルスなんだけど、新型ということだけ。
事実として、沢山感染しているということ。そのくらい。

死者は若年者では少なく、判明している感染者数に対して、
基礎疾患の無い者がコロナウイルスだけが原因で死亡した例数に関しては、
特に開示されていない。

飛沫感染ということなので、普通のウイルスと感染経路は同じ。
飛沫内にあるウイルスが粘膜に付着してそこから侵入する。
そのため手や体に付着したウイルスが目や鼻の粘膜からも侵入する。
つまり、接触感染も起こりうる。いたって普通。

そんな普通のウイルス感染症が、どうしてここまで騒ぎになっているのか、
私はあまり理解できていない。
それが表題のコロナウイルスがわからないということにつながる。

東日本大震災でも似たような気持ち悪さを感じた。

普段から深く考えたり自分の意見を持ったりしない人は、
未知であることを極端に恐れ、目の前の情報に飛びつく。
本当に恐れるべきは無知であることを忘れて。

私は震災や災害などが起こるたびに似たような気持ち悪さを感じる。
巷に溢れる”当事者意識”だ。
当事者になれたような気になって話す。その姿が気持ち悪い。

彼らの行動には根拠が無い。彼らの言動にも根拠が無い。
なんとなく危ない、だってわかっていないから。
わかっていないものが怖いのであれば、わかっていない自分はどうだろうか。
本当は何も知らないのに、つま先だけ見て相手の全てをわかった気になる。
それこそが最も恐れるべきことではないだろうか。

なぜ危ないということがわかるのか。無知の知は基本です。

ソクラテスの時代に「無知の知」という言葉が生まれました。
ソクラテスの弁明という本ですね。プラトンの書いた。
高校倫理とかの話なので深くは触れません。

危なくないと主張する者に対し、なぜ危なくないのかを説明する。
心配しすぎだと伝える。けれども、危ないという主張が声を大きくする。
心配する方がさも正しいかのように扱われる。

不安を扇動する方が正しいのか?理由もなく。
どちらも理由が無いのであれば、それは同等に扱われるべきではないか?

たまにこういう主張を見かける。そして私は驚く。

「感染したら責任が取れるんですか?」

これに対して言いたいことは一つ。
「感染しなかった場合はどんな責任を取ってくれますか?」と問いたい。

不公平じゃないか、そんなの。とても不公平だ。
感染するかどうかは本人の免疫や生活の仕方にもよる。
それなのに感染した場合だけ責任を取れ、しなかったら何もしないじゃおかしい。

「感染したら困るからイベントを中止しろ。しなかったらイベント代の倍払うから。」
「感染しないように病院行かないけど処方せんを書け。しなかったら医療費2倍払うから。」

そういう点に対しての責任感というのが薄いなといつも思う。

マスクをして手袋をしている”だけ”の人が最も迷惑。

マスクをして、手袋をして外出しているから大丈夫。
マスクをしなきゃいけないからドラッグストアに並ばなきゃ。
そんな姿をよく見ます。ネットだけではなく現実に。

マスクをして外出して、たとえばマスクにウイルスが付着したとする。
マスクの目が細かくないとかは一旦置いておいて、そのマスクをしたまま家に入りますか?
コート、着ていますよね?そのコートはどうしていますか?

中途半端なんです、そういうところ。
本当に気にするんだったら完全防備のガウンでも着て、
帰宅した途端にすべてを脱いで洗濯、体はお風呂で洗う。
帰宅したときに触れたドアノブとかはアルコール除菌。
そこまでやらないなら意味がないよ。

手袋をしているから大丈夫という人が、
咳をする時に癖で顔を押さえるのを見た。
マスクを外す前に手を洗わない。耳に触れているけど大丈夫?

マスクが動くことで、付着していたウイルスが跳ね、
目の粘膜に付着する可能性は考えただろうか。

そういうこともしていないのにマスクをしていない人を批判している人は、
本当に自分が正しいと言えるのだろうか。不思議に思う。

手洗いうがいをするなら、歯も磨いて顔も洗おう。

正直、ウイルス感染に関しては手洗いがかなり効果があります。
マスクをしていても口腔内にウイルスが要る可能性はあるので、
歯磨きもするといいかもしれません。

私は、15分おきくらいに水分を摂って、
喉奥に付着している可能性のあるウイルスを胃まで落とすことを勧めています。
鼻うがいは苦手なのでそこまではしていません。

マスクでおおわれていない部分があります。
屋内に入ったら顔も洗いましょう。
簡易的にできる予防としてはその辺がおすすめです。
これで何かを防げるという保証はしませんけど、
やるならこのくらいはやったほうがいいんじゃないかという提案です。

未知よりも無知が怖い。コロナウイルスより人間の方が怖い。

1万9959人。これは日本で去年自殺で亡くなった人数です。
じゃあ自殺は怖いかというと、きっとみんな怖くない。

私は、悩んでいる若者がいると、常に自殺しないかと不安になる。
少し過剰なくらいに。大丈夫かなと心配し、数日ケアをする。
いつもの雰囲気に戻ったなと思うまでは気を抜かない。

でも、みんなはそんなことがない。
きっかけがほんのちょっとの悲しみや苦しみなのにもかかわらず、
甘えだ、怠けだと罵倒して終わる。

じゃあコロナはなぜ?これはただ話題だからだと思う。
そして勘違いした誰かが時期的なものだと思い、
ある程度時間が過ぎると予防をしなくなる。

インフルエンザだって怖い。けどなぜかコロナの方が怖がられている。
今になって耐震を気にしている人は?
水が止まっても大丈夫なように毎日水を浴槽に張って寝ていますか?
発電機の準備はできていますか?
きっと、多くの人はそんなことをしていない。

目先の、今はやっている出来事に対してだけ目を向ける、
それはもう予防とは言わない。

COVID-19はきっと根絶もされないし、再び型を変える。
するべきなのは過剰な対応ではなく、普通の予防。
それを常に続けて、睡眠を十分に摂り、ストレスも溜めない。

今騒いでいる人に私は問いたい。
その予防、死ぬまで継続できますかと。

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hayael
「言葉の万年筆」として、日々の気づきや空想を文字に刻むハヤエルです。 エッセイや創作を通じて、言葉が持つ豊かさや面白さを探求し、読者の心に響く物語を紡ぎます。 空想と現実の間を行き来する文章を発信し、日常の中に新たな視点や発見を届けられたら嬉しいです。
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