てんきた

好きなことで生きるなんて無理【vol.4】

天界から来ました。

なんか世の中、「好きなことで生きる」のが正義みたいな流れになっている気がする。

世の中って言ってももちろん自分の目に映る部分でしかないんだけども。

 

そういう人が目立つようになっているのはたしかよね。

ただ、好きなことを仕事にするってのがそんなに偉いことなの?とちょっと疑問に思ったりもする。

あれ、なんだろうこの文章。なんだか女性的じゃない?

てんきた4はこれでいきましょうか。うっふん。

好きなことで生きるなんて無理。

マックスむらいのことは好きだけど、好きなことで生きるなんてのは私には無理だな。

好きなことを仕事にして、好きなことばっかやってていいんだよって言われると、寝て起きて飯食ってゲームして寝るだけになっちゃう。

そんなことを言うと、「そのあなたの好きなことでマネタイズしましょう!」なんてこと言う人が出てくるんだけど、そのマネタイズは残念ながら好きなことに含まれていないのよ。

お金は大好きだしお金を稼ぐのも大好きなんだけど、寝て起きるだけの姿を動画としてアップしようだとか、飯全部を写真撮ってインスタにあげようだとかで金を集めたくないわけね。

思うに、稼ぎ方に誰しもがポリシーを持っているもんでしょ。

髪は洗いたいから洗えるし、食器は面倒だけど洗える。でも死体は洗いたくないなあ。

同じ洗うことでも私はそう考える。お金の稼ぎ方も一緒。そこで無理にマネタイズしようとすると苦しくなっちゃう。

 

結局好きなことで生きたいのか、やりたいことをやっていきたいのかって問われるとちょっと違うなって思って。自分の目的を見直してみると、やっぱり、

苦しい思いをせずのびのびと生きたい

っていうのがあるんです。

だから、やりたくないことを極力避けながら苦しくないことで生活できるってのが理想。

 

んで私みたいなやつは他人のモチベーションの高さを妬むタイプなので、

「一緒に目的に向かって切磋琢磨しましょう!すごいですね!僕も頑張ります!」

みたいな感じで手をつなごうとしてくる奴には遠くからポップコーンでもぶつけてやりたい気持ちになるんです。

おうおうかっこいいじゃねーか、馬鹿じゃねぇの!って言いながらね。

 

コミュニティとかも苦手。無理。属せない。

好きな人が好きな人同士で集まるのは良いけど、それをコミュニティって呼びたくない。

コミュニティは私の中ではmixiで終わってるよ。

 

共感の押し付けも嫌。ほら、この人すごいと思うしすごいって言われているからあなたもすごいと思うでしょ?と聞かれても、

私の父親なんてまだ生きているんだからもっとすごいぞ

としか思わん。

だからほんと、コミュニティとか集まりが苦手。みんなで一緒にも無理。ハモれなくていい、音痴でいいんだ私は。

 

孤高の一匹狼のことを現代では孤独な寂しいいじめられっ子ぐらいにしか思わないんだろうか。憧れたけどなあ、一匹狼。根っこはそこにある。

そんなとこにいないでみんなで一緒にやろうよ!ってか?違うよ、一人がいいんだよ。一人でやってるからかっこいいんだよ。美学だ、美学。

信頼できる仲間は欲しいし友達は欲しい。でも、無理に手を引っ張ったりはされたくない。

軽い挨拶から始めて、たまに「あれ食いました?モスの新作。」くらいに話しかけられて徐々に詰めたい。

 

まあでも仕事の話に戻るけども、同じ仕事をしてても退屈するし、難しすぎてもお手上げだし。

毎日小2のドリルを解くような生活がしたいわけじゃなく、サイゼリヤの間違い探しくらいの難易度に立ち向かう生活をしたいのよね。

ちょこちょこっと挑戦し続けるような、そんな仕事が理想よね。少しワクワクもするし。

そういう意味では完全自己責任成果報酬型ブログってのは向いてるのかもしれないけど、これだけだと時間の問題よね。

歩合制の仕事とか探した方がいいんだろうか。

時間に縛られたくないし、やったらやった分だけ評価されたいし、やらなかったらその分取り上げられたい。

 

と、色々考えはしたが、あと50万円もあれば私のしたい贅沢は完成するので、そこから先は毎月生きられる15万円くらいがあれば十分。

そう考えるとちょっとだけハードル低くなって生きやすくなる。

もっともっとのびのびと生きる方法ってのにこだわっていきたいものである。

 

以上、『【大天使ハヤエルの天界から来ました。】好きなことで生きるなんて無理【vol.4】』でした。うっふん。

ちょっと口が悪かったかな。反省。