リハビリです。タイピングもおぼつかないっす。
こうなってくると僕と言う人間は何を思うかと言うと、
「いいPC買うしかねえなあ」となるんです。

習慣と言うのは抜けるのは早いけど、身に付くのは遅いですね。
なかなかなんとも、自分の生活の中に時間枠を設けるのが難しい。
それしかできない環境に毎回持っていくこともできませんし。

本を色々読み漁ったところで何かが出来るようになるわけでも無く、
賢くなったような気も全くしません。
本を読むのが楽しいから読むんですよね。ただそれだけです。

まいったな、この出だし全く面白くないぞ。リハビリだから仕方ないか。

最近は札幌国際短編映画祭を観に行っていました。
楽しいねえショートフィルム。
自分で作ろうと思うとぞっとするけど。大変そうで。

短編が昔から好きで。でもオムニバスは苦手。
舞台同じで話が違うとか、実はつながっていますとか、だめ。
短いのが好きなのは、国語の教科書のせいかも。
あの文章量って絶妙なんですよね。かつ、深みがある。
一部抜粋したからだなんて言うけど、実際あれで十分だし。
短い文章書くのにチャレンジしなきゃなと思う。

物書き志望だったのに物書きをする機会がすっかりなくなってしまった。
それは大人になったからとか、そんなくだらない理由ではなく、
単にそういうことができない生活を選択しているからです。

もっと自由に生きようとしても、実は縛りが無いと生きづらかったり、
いざ草原に投げ出されたら、道なき道を行く勇気がなかったり。
そういうとこがやっぱり弱い。

だからたぶんいつまでたっても、クリエイティブな職業に憧れる。
儲けていなかったとしても、メルカリでハンドメイドの商品を売って生活している人を、
その人がしてきた努力を棚に上げて結果だけ見て羨ましく思う。

そうそう、やっと思い出した、今日書こうと思っていた話を。
私はとても意志が弱い。この内容のタイトルにしよう。

私と言う人間は本当に誘惑に弱く、そして甘えに甘え切った生き方をしている。
我慢が出来ないというのはまさに私のことだと思う。

根性論とは無縁。
効率の良い方法を探しているように見えて、いかに楽できるかを考えてきた。
それでいいと思っていたら、いざという時に踏ん張りがきかない。
そこがちょっと問題。特に30歳を超えてから問題になっている。

殴られたこともなかったし、そんなに怒られることもなく生きてきた。
ある意味上手かったと思う。
けしてとびぬけて何かができるわけでも無いのに、
なんとなく出来そうに見せるのが上手かった。

地力も下積みもないツケがここに来て回ってきてる。
なんとなくでやってきたから、目標設定もできない。
楽するにはどうするかというのは、課題とゴールが見えているときにしか使えない。

より良くするにはどうすればいいかという着想は得意だし、
ゴールに効率よくたどり着くための戦略を立てるのも好きだ。
けれども、ゴールを見つけるのは苦手だし、ゴールまで走るのも苦手。
結果どうするかと言うと、自分の今いるところがゴールになるようにルールを変える。
そうやって過ごしてきたから成長が無いんだよ、私。

気づいてはいるんだけど、どうも意志力と言うものが弱い。
ウィルパワーダイエットとかっていうけども、ウィルパワー自体が勝手に痩せてる。
そろそろ大人になりたいもんです。

31にもなってこんなこと言うとは思わんかったけど、
あーあ、大人になりたいなと思います。

なんか昔見たドラマとかアニメとかでさ、
くたびれた感じの脱力してて無精ひげ生やしたようなキャラクターが言うのよ。
「大人になりてえな」とか、「何やっても上手くいかねえな」みたいな。
そして周りから言われるんだよね。「お前はダメな奴だな」みたいに。

そこに憧れてたもんね。そういう大人になりたかった。
くたびれた感じで、すすけたコート着て、アイロンのかかっていないシャツきて、
カウンターで肘つきながらビール飲んでる。そういう大人に。

少年の頃の私よ、なれたぞ。夢がかなったぞ。今はノンアルだけどな。
ただ同時に、やっぱりつらいぞこの生き方。やめとけ。

子供の頃の自分に声を大にして言いたいのは、
精神的ダメージと運動不足を舐めんなってこと。

はい、今回のリハビリここまで。
書くよ、できるだけ書くよ。死ぬまで書いて、いつかいい文章書くよ。

ABOUT ME
hayael
「言葉の万年筆」として、日々の気づきや空想を文字に刻むハヤエルです。 エッセイや創作を通じて、言葉が持つ豊かさや面白さを探求し、読者の心に響く物語を紡ぎます。 空想と現実の間を行き来する文章を発信し、日常の中に新たな視点や発見を届けられたら嬉しいです。